自分でコントロールできない事象には囚われない

自分でコントロールできない事象には囚われない

    2013年に長嶋茂雄さんと同時に国民栄誉賞を受賞した松井秀喜さんの言葉です。その著書で何度も繰り返し引用されている格言ですが、一流アスリートならではの積極的な割り切りと、割り切ることの効果が浮かび上がります。

   松井秀喜さんがNYヤンキースを去るタイミングで執筆した[信念を貫く]にはこんな感じで紹介されています。
『①自分がコントロールできることとできないことを分けて考えなければならない。②コントロールできることについては、結果につなげるべく努力をする。
③コントロールできないことには関心を持たず囚われない。』

例として、打撃が不調な時にメディアに罵詈雑言を書かれまくることについては、自分でコントロールできることではないので関心を全く払わないとありました。
そういえば、明徳義塾VS星陵の甲子園大会での5打席連続敬遠という高校野球史上に残る大事件に対して、その当時から何十年もたった今まで一貫して当事者の松井秀喜さんが淡々としているのは、ピッチャーがどこに投げるかをバッターはコントロールできないという③の精神を端的に表しているのではないでしょうか。

世上よく読まれる成功哲学の本では応用例なのか、<他人と過去は変えられない。でも自分と(環境と)未来は変えられる>という形で紹介されています。

今回、松井秀喜さんの言葉を取り上げたのは、交通事故の被害者にとっても場面によってはこういう積極的な割り切りを持っていただけることが有用なこともあるからです。

交通事故被害者にとって自分でコントロールできないこと、、、、加害者本人が謝罪に来ない、早くスッキリ解決したいのに相手がノロノロとかネチネチ対応している、身体が事故前のように戻らない、、、いろんな場面があります。
そんなとき、交通事故被害者は、自分でコントロールできない事柄にさらされているため、巨大なストレスを感じることになります。

しかし、このストレスをダイレクトに取り除くこうとする発想は、松井秀喜さんの言葉を借りれば、自分でコントロールできない事象をコントロールしようとして、でもやっぱりコントロールできないからイライラしてしまう、それと似ています。

   大局的に眺めると、世の中の全ての物事が自分の思うままに行くわけではないことは容易に理解できるかと思います。世の中の仕組みが全て自分と同一の価値判断で動いているとは限らないからです
そんな中、コントロールできないはずの他人の言動に執拗にこだわってしまうことは、自分で自分のメンタルヘルスを害することにつながりかねない、勿体ない行動なのです。

    そんなときは自分にこう問いかけて下さい。
コントロールできないことをコントロールしようと消耗することと、自分にコントロールできる領域に傾注することの、どっちを選ぶの自分なら?

松井秀喜さんの言葉の中で大事なのはコントロールできない事象に無関心を装うと同時に、自分でコントロールできる事象に作用を及ぼすことです。後者が無ければただ周りに流されるだけになるからです。

イライラに巻き込まれた交通事故被害者の場合でいえば、弁護士に相談や依頼をして、普通の人にはなかなか分けえない
コントロールできる事象とコントロールできない事象を冷静に区分けし
前者に弁護士の知識と経験をフル傾注し打開してもらう
同時に後者についてどう臨むべきかを弁護士にサポートしてもらう

こうすることが大事だろうと思うのです。交通事故に強い弁護士に依頼することは、感情に揺さぶられて偏面的に狭まってしまいかねない視野を広げる上でも、極めて有用です。

    交通事故被害者が精神的にイライラする事態に巻き込まれた場合、その原因が自分がコントロールできるのもなのかそうではないのかを区別して、コントロールできないものには執着せずあえて手放す心構えと努力もときには必要です。その結果、コントロールできるものに傾注できることになり、その分だけベターな変化を容易に招き入れます、精神的なリラックスも得やすくなります。

残念ながら医師が全ての患者の命を常に救えるわけではないのと同様、弁護士にもできることとできないことは厳然としてあります。
しかし、コントロールできる事象について交通事故に強い弁護士に全力のサポートをしてもらうことが、ベストな選択になる機会が非常に多いのです。

交通事故(人身被害)に遭われてお困りの方は、豊富な経験と実績を誇る、福岡の菅藤浩三(かんとうこうぞう)弁護士にお気軽にご相談ご依頼ください。

お問い合わせリンク

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

tel-001