菅藤浩三ブログ
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東京地裁2011/9/20自保ジ1859号139頁です。時系列は次のとおり
2001/7/20 被告Yと被害者Aとの間で交通事故発生
2005/3/18 ⅰ被害者Aは症状固定に。併合1級の高次脳機能障害
2006/10/16 人傷社Xが、被害者Aに人身傷害保険金7500万円を支払う
2007/12/26 ⅱ被害者Aが被告Yに対し損害賠償請求訴訟を提起
2010/6/25 ⅲ人傷社Xが被告Yに対し保険代位による求償訴訟を提起
2010/12/27 ⅳ被害者Aと被告Yとの間で1億6500万円の支払義務あることを
認める裁判上の和解が成立
2011/5/17 ⅴ被告Yが人傷社Xに対し、症状固定日から3年経過後の提訴で
あることを理由に、保険金求償に対する消滅時効を援用
消滅時効が成立してしまえば人傷社Xは1円も被告Yから回収できません。猛然と消滅時効の成立を争いました。
Ⅰ、訴訟基準差額説によれば、人傷社は被害者の総損害額及び過失割合が確定しない限り、自社が加害者に対し行使できる求償権の範囲が確定しない。その前に、人傷社が加害者に求償訴訟を提起することは権利の性質上、現実に期待しがたい。
従って、求償権の範囲が確定したⅳ(2010/12/27)を、求償権行使の消滅時効の起算点と解すべきである。
Ⅱ、被告Yによるⅴ(2011/5/17)時点での消滅時効の援用は不意打ちにほかならず、援用権の乱用に該当する。
これに対し被告Yも被害者Aに支払ったほか大金をさらに人傷社Xに支払わなければならないかがかかっていますので、強硬に反論します。
①被害者Aの被告Yに対する権利の消滅時効は症状固定日ⅰ(2015/3/18)から進行する。
人傷社Xが被害者Aに人身傷害保険金を支払って、保険代位により取得する権利の消滅時効もそれと等しく進行している。代位の事実が介在しても、消滅時効の起算点や時効期間には影響しない(福岡高裁1998/6/5判タ1010号278頁)。
人傷社Xは求償できる範囲の確定(ⅳ2010/12/17)を待たずとも、いつでも被告Yに対し代位求償権を行使することが可能であった。
端的にいえば、被害者Aの提訴と並行して人傷社Xが提訴し併合審理すれば、現実の権利行使に何ら支障をきたすものではない。
②人傷社Xが被告Yに対して適切な時期に消滅時効中断措置を講じていないのだから、権利の上に眠っていた者であるという指摘は正鵠であり、被告Yが消滅時効を援用しても権利の乱用でもなければ不意打ちにも当たらない。
被害者Aと被告Yの裁判に人傷社Xが補助参加して間もなく被告Yは消滅時効を将来援用する予定であると言及していた。
果たして東京地裁2011/9/20は被告Yに軍配を上げ、人傷社Xの請求を全面的に斥けました。
《人身傷害保険金が支払われた時点で、法律上当然に、被害者から人傷社に、加害者に対する損害賠償請求権が権利の同一性を維持しながら移転するのであって、保険代位の範囲について訴訟基準差額説を採用するか否かで左右されるものではない》
《被害者が締結した保険契約に基づく人身傷害保険金の支払という加害者が何ら関与していない事情によって、消滅時効の起算点が本来の症状固定日よりも遅れるものと扱う理由はない》
《総損害額及び過失割合が確定する前でも、人傷社は被害者の協力を得て調査検討するなどして、訴訟基準差額説に即して保険代位の範囲を自己判断して、加害者に対する権利行使をすることは可能である。
現に人傷社Xは求償範囲が確定するⅳ(2010/12/27)の前に、ⅲ(2010/6/25)の時点で被告Yを訴えているではないか》
どこの損保会社かまでは分からないが、事案を雑感する限りプロにあるまじき大ポカとしか思えない。人身傷害保険金を支払った時点ではまだ被告Yに対する消滅時効は被害者Aにも人傷社Xにも到来していないのだが、その際に消滅時効の起算点はその後の時効中断事由が存在しない限り原則として症状固定日である(最高裁2004/12/24判タ1174号252頁) という基本を職員が押さえていなかったことにビックリである。
なるほど訴訟差額基準説に立つので求償可能範囲が定かではないという事情があるにせよ、症状固定日から3年以内に被告Yとの間で定期的に書面を取り交わすなど時効中断措置を講じることはさほど困難ではなかったはずだからだ。