菅藤浩三ブログ
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これから紹介する案件は、判決文が公表されているノンフィクションである(名古屋地裁2013/7/3自保ジ1909号79頁)。
被害者Xは51歳の兼業主婦、事故が起きたのは朝5時過ぎ。被害者Xが未明に車道横断中、トラックYに轢かれる死亡事故が起きてしまった。
被害者が亡くなったという一事だけでも家族には信じられない不幸なのだが、この案件では次の2つの不幸ごとが重なっていたのだ。
α:被害者Xは、トラックYに轢かれる前に、先行事故でクルマZに轢かれて怪我をして、路上に横臥していた。そこをトラックYに轢かれた。
ところが、先行事故を起こしたクルマZは、現場からひき逃げ逃走しており、その真犯人は見つかっていない。
だから、そのクルマZの運転者へのX遺族からの賠償請求も、先行事故の実態を調査することも当事者が捕まらないのだから事実上困難。
β:被害者Xは乳がんのガン宣告を受けていた。事故当時末期であることまでは家族にも誰も告げられていなかったが、実際にはステージ4(≒判決文によれば5年後の生存率は17・1%)であった。
上記α+βという状況の下で、①過失割合そして②逸失利益をめぐって、被害者X側とトラックY側は次のような主張を繰り広げた。
X①被害者Xは、クルマZとトラックYが共同して殺されたも同じである。先行事故と本件事故との間には時間的場所的近接性が認められる。
よって、共同不法行為として被害者Xには落ち度がないと評価すべきである。
X②被害者Xはステージ4で同側リンパ節転移にはなっていたが、まだ肺転移や肝転移はなかった。事故時点ではそういう状況だったのだから、基礎収入や特に喪失期間を減縮することは不当である。
Y①被害者Xは先行事故の時点で既に死亡していた可能性が高い。また、被害者Xは乳がん末期だったので自殺を図った可能性が高い。
仮にトラックYに責任があるとしても、被害者Xは幹線道路を未明に危険な横断をした挙句の事故なのだから、被害者Xの過失を65%:クルマZの過失を20%:トラックYの過失を15%と設定すべきである。
Y②被害者Xは末期ガン患者であり余命いくばくもないのだから、基礎収入は健康な兼業主婦よりはるかに低く、喪失期間も普通の51歳よりはるかに短く設定すべきである。
まるで人間力を計るかのような2つの問い、裁判官は次のように説示した。
①被害者Xに自殺のそぶりも遺書もなく、自殺を図った可能性があったとはいえない。クルマZの先行事故とトラックYによる事故とは、共同不法行為となる。
ただし、クルマZは行方知れずで先行事故の態様は依然不明であるから、絶対的過失割合を採用することはできない。
共同不法行為とはいえ、単純に路上に横臥していた被害者XをトラックYが轢いた事故と同様の割合で判定する他なく、被害者X:トラックY=6:4とする。
②被害者Xが乳がんステージ4で長期生存可能性が必ずしも高くないことに鑑みると、逸失利益を普通の51歳の主婦が亡くなった場合の40%にとどめる。
いかがだろうか。一番悪いクルマZが逃げおおせたために、路上に横臥するに至った経緯ではさほど非が大きくなかった可能性のある被害者Xが、むしろ非が大きかったのだと認定をされてしまったのである。
わたくしは正直なところ、被害者Xもこの評価ではとても成仏できないし、遺族もとても納得できなかったのではと判決文を読んだ時に感じたのだ。控訴無しで確定しているが、控訴を断念した遺族の心情はいかばかりだっただろう。
この判決を前に、「自殺を図った可能性が高い」とまで言われた、被害者Xの代理人の燃え盛る心情を忖度するのは容易い。
同時に、弁護士の目からは、トラックYの代理人や判決を下した裁判官も「このような判断や主張が果たして正義公平に合致するのか」という悩みに直面しながら、断腸の想いで訴訟活動をしていたことも推測できるのだ。
代理人とはかくも辛辣なことを時には扱う仕事のようだ。心底こういう悲惨な事故は無くなってほしい。
警視庁統計では交通事故死者数(事故発生から24時間以内)がもっとも多かったのが昭和45年の1万6765人で、平成24年には4411人までと12年連続で減少しているが、それでもゼロには程遠い数の方が毎年毎年亡くなられている。
今後も交通安全のための技術革新が発展していくことを、交通事故を取り扱うことを生業とする福岡の弁護士として切に願う。