菅藤浩三ブログ

サラリーマンが交通事故で会社を休業しても全額補償されるとは限らない

  • 更新日:2016.6.1
  • 投稿日:2016.4.25

サラリーマンが交通事故で会社を休業しても全額補償されるとは限らない

   交通事故に遭って怪我を負った場合、怪我の程度によっては、仕事を休まざるを得なくなることがあります。仕事を休むときは溜めていた有給休暇を消化して減収を防いだり、有給休暇を消化しきってしまうと、それ以降は休業した分を減給されることもあります。
  
このように、交通事故で怪我したことによって休業を余儀なくされたために、失った有給休暇や収入減少した部分は、休業損害として補償対象となります。

誤解してならないのは、会社を休業した期間全てが当然に補償対象となるわけではなく、休業を余儀なくされたと評価される範囲しか補償対象にならないことです。

例えば、労災事故での休業補償給付の場合、支払対象期間は主治医が就労不能であることを証明してくれた期間に限られていますが、上記説明にいう、休業を余儀なくされたことの確認を、主治医の証明で替えたものといえるでしょう。

しかし、交通事故でも労災以外の場合には主治医がそのような証明をしてくれるシステムがないために、現実に会社を休業して減収など不利益が生じていても、主治医による休業の必要性に関する証明が欠けているために、医学的に全期間の休業を余儀なくされたとは言い難いという理屈で、休業補償期間が現実の休業期間の一部に限定されることもあるのです。
   それから、会社で割り当てられた職種によっては(例:長距離ドライバー)、事務職として短時間デスクワークに従事することは可能だが、本来割り当てられた仕事にまる一日従事することは危険だということで、勤務先から完全に安全に仕事ができるようになるまで職場復帰を控えるように示唆されることがあります。

このような場合、当該被害者は、勤務先が求めている内容の労務を提供できないということで、軽い仕事ならば職場復帰できるものの、休業継続を選択せざるを得ない状況に置かれる格好になります。

実はこのように、勤務先から求められた特定の業務について労務提供できないために休業継続を選択することになった場合も、勤務先を現に休業した全期間が休業損害の補償対象とならない可能性が高いと考えられるのです。
それは片山組事件最高裁1998/4/9判タ972号122頁の考え方を、交通事故に応用することで説明することができます。

片山組事件とは、ゼネコンに25年以上雇用された現場監督が、持病の為に現場作業に従事できなくなった場面で、勤務先は債務の本旨に従った労務の提供ができないのならと自宅待機命令を出して現場復帰できるようになるまでの4か月を欠勤扱いしたのに対し、労働者は事務作業であれば労務従事可能であったし事務作業をしたいので働かせてほしいとその4か月間訴えていたというものです。

最高裁は、労働契約上その職種や業務内容が限定されていず、労働者の能力・経験・地位、会社の規模・業種、会社における労働者の配置・異動の実情及び難易に照らして、当該状態の労働者を配置できる別の業務が存在していた可能性があったかどうかを検討して、現実にその可能性があるときは、勤務先が労働者の申し出を拒絶することはできず、勤務先の都合で欠勤扱いしたとしても、労働者の賃金請求権を奪うことはできないと説示しました。

この片山組事件は、勤務先に負傷した労働者がいる場合、労働者が可能な限度での職場復帰を希望しており、現実に配置可能な職務内容が社内に存在するときは、労働者の病状に応じた職種や業務内容に配置してあげる義務を会社は負うという考え方を示したものといえます。

ところで、片山組事件を交通事故に読みかえると、交通事故で負傷した労働者がいて、従前の職種に直ちに復帰させることはできないものの、より負担の軽い職務内容であれば労働者が復帰できなくもないときは、労働者が職場復帰を希望したときは、より負担の軽い職種に勤務先は配転しなければならないということになります。そして、一般に被害者には損害軽減義務が信義則上課されていると言われています。

つまり、より軽い職種ならば勤務先に復帰して仕事ができる交通事故の被害者が、従前と同じ内容の職種に即戻れないという理由で休業持続を選択する状態は、被害者が損害軽減義務を果たさず、かつ、勤務先も負担の軽い職種への配転義務を果たしていないという評価が下され、その結果、実際に休業した期間全てが医学的に休業を余儀なくされた期間とは言い難いという評価を下されるおそれがあるのです。不法行為一般で利用される損害の公平な分担という発想からも、こういう帰結になるはずです。そのような評価を回避するためには、主治医による休業の必要性の証明がとても大事といえます。

調べた限りでも、447日完全休業した事案でそのうち340日についてだけ平均50%の割合の休業損害しか賠償義務はないとした東京地裁2008/2/28判時2014号88頁、318日間完全休業した事案でそのうち180日についてだけ休業損害の賠償を命じた大阪地裁1997/5/16交民集30巻3号714頁がありました。

2つの裁判例のいずれも片山組事件の説示を踏まえた議論はなされていないのですが、休業の既成事実があっても、休業を余儀なくされたことの医学的な証明を欠くときは、全期間の休業補償が認められるとは限らないことは押さえておくべきでしょう。


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