菅藤浩三ブログ
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大阪地裁2015/1/26交民集48巻1号171頁は、たとえ形式的に示談書を作成しても、契約当事者に知的障がいがある場合には二重払いを損保会社が強いられることもある(逆にいえば、形式的に示談書があるからといって成立過程次第では諦めるべきではない)という意味で、非常に重い事例判決といえる。
2010/12/5
被害者Aが死亡する交通事故が発生(被害者Aの過失割合2割)。
被害者Aの唯一の法定相続人はAの弟X1人のみ。
被害者Aは人身傷害保険D社に、加害者Bは任意保険C社に加入していた。
2010/12/15
X名義の銀行口座が開設された。この際、知り合いYが預金開設申込書を作成してあげた。この通帳を管理していたのは専ら知り合いYである。
2010/12/22
X名義の人身傷害保険金請求書が人傷社D社に提出された。この際、人身傷害保険金請求書を作成したのは知り合いYである。
2011/3/24
Xと加害者Bとの間で、清算条項を付した治療費のほか2004万1915円を支払うという内容の示談書が交わされた。この際、任意保険C社と金額交渉したのは知り合いYである。
2011/3/29
加害者Bの任意保険C社からX名義の銀行口座に2004万1915円が振り込まれた。 →(のちに知り合いYがほしいままに着服。判決には現れていない)
2011/4/4
Xと人傷社D社との間で、人傷社がX名義の銀行口座に2167万0251円を支払うことで、人傷保険金の支払が完了するという内容の確認書が交わされた。この際、人傷社D社と金額交渉したのは知り合いYである。
2011/4/6
人傷社D社からX名義の銀行口座に2167万0251円が振り込まれた。→(のちに知り合いYがほしいままに着服。判決には現れていない)
2012/6/9
Xに対し、NPO法人を成年後見人とする後見開始審判。
Xは知的障がい者(療育手帳では障害の程度がB、発達年齢は6歳)で、被害者Aの生前は被害者Aに扶養されていた。その知的能力は、簡単な質問でも返答は単語レベルでするのがやっとであり、文字の読み書きができず、時計やカレンダーを読むこともできず、一桁の計算すら不可能で、財産の管理処分能力がない。また、他人との意思伝達や危機対応もできず、非常に大人しく受動的である。
そして、知り合いYがほしいままにX名義の銀行口座からお金を着服したことに対して、Yを被告とする不当利得返還請求訴訟を並行して行っている。
Xの成年後見人が提訴した、加害者Bへの損害賠償請求と人傷社D社への保険金請求に対し、加害者Bと人傷社D社は
①意思無能力でなく示談が有効に成立している
②知り合いYに対する不当利得返還訴訟と並行しながら加害者Bや人傷社D社への二重払いを求めるのは信義則違反である
③仮に示談が無効だったとしても既に支払った2004万1915円+2167万0251円はXとの関係で有効な弁済と処理すべきである。と争いました。
大阪地裁の合議体は
①Xの知的能力を踏まえるならば、示談の法的内容を理解する能力がない中で作成された示談書や確認書であり意思無能力に無効である。
②知り合いYに対する不当利得返還請求と、加害者Bや人傷社D社への請求は法律上両立するものであり、両者を同時に行うことは信義則違反ではない。
③Xの預金開設契約がそもそも有効に成立していたとは言い難い。 とするとX名義の銀行口座に対する加害者Bや人傷社D社からの振込はXとの関係で有効な弁済とはなっていない。よって、これらの金額をXが既に受け取ったものと扱うことはできない、と説示して、これらを既払い金として扱わず、加害者Bに3656万5537円の、人傷社D社に4167万0251円の支払を命じたのです。
ビックリしたのは③です。加害者Bは、2004万1915円を、人傷社D社は2167万0251円を既に支払ったことが完全に無駄払いとなってしまったのですから。
とはいえ何の非もないXに損害を被らせないという観点からはこの扱いは法律論のみならず実質的にも妥当な結論と思います、たとえ何千万円が既に振り込まれた事実があるにせよ、それにひるまず弁済の効力の有無から争って提訴したNPO法人の英断を称えたいです。