交通事故Q&A

障害補償給付を受け取った分、加害者から受け取る逸失利益が減る?

  • 更新日:2021.11.19
  • 投稿日:2019.12.25

障害補償給付を受け取った分、加害者から受け取る逸失利益が減る?

障害補償給付を受け取った分、加害者から受け取る逸失利益が減る?

Question私は福岡県粕屋郡篠栗町にあるショッピングモールの運営会社に勤務し、会計総務を受け持っている40歳の男性です。その際、1か月あたり法定控除前額面30万円定額給料をもらっていました。
バイクで退社途中に、対向車線から右ウィンカーを出さずに道路外にでようと右折してきたクルマに衝突されました。右足に偽関節が残り、常に硬性補装具の装着を必要とする後遺障害が残り、1年の治療の甲斐なく、労災保険の障害等級は7級と認定されました。自賠責では異議申立を2度おこない、労災認定の1年のちに自賠責でも7級と認定させることができました。
  労災保険から毎年132万円の障害補償年金を受け取れることが決まり、また、自賠責からは1051万円を受け取りました。なお、職場では障がい者枠に配置転換され給与体系も大きく変わりました。
すでに、療養補償給付(治療費)・休業補償給付(休業損害)と残部の内払を受け取っているので、これから相手損保と後遺症をめぐってやりとりします。
  現時点で既に自賠責から1051万円受け取りました。加えて、異議申立を行っていたため、これまで労災保険からはすでに1年6か月分の障害補償年金198万円を受け取り、加えて「あと6か月分66万円は必ず支給する(その後も障害補償年金は1年ごとに支給額が決まることになっています)」という通知をもらっています。
  相手損保からは「逸失利益の算定の際は、30万円×12か月×27年分の年5%ライプニッツ係数14・643×56%から、しかるべき分を控除させていただきます。具体的には、自賠責から支給された1051万円と、そして、既に支払われた障害補償年金198万円及び将来支払われることが確実になった66万円を、控除して賠償させていただきます」と言われました。
  自賠責からの受取額が差し引かれることはまだしも、労災保険の支給分まで相手損保の賠償額から差し引かれるのは納得できません。
労災保険は、私が給料から社会保険料を天引きされ勤め先が保険料を納付しているからこそ、通勤災害として国から年金を支給されることになったのです。にもかかわらず、障害補償年金で私が国から受け取る分を加害者が差し引くなんて、人の褌で相撲を取るのと同じで相手損保が得してずるくないですか
Answer 後遺障害が残存する場合の労災保険に基づく障害補償給付は、7級以上の重い後遺障害の場合には2か月ごとの年金の形式で、8級以下の比較的重くない後遺障害の場合には一時金の形式で、国から支払われます。
労災保険の障害補償給付や遺族補償給付は、年金の形式でも一時金の形式でも、損益相殺的な調整の対象にあたり、加害者が賠償すべき損害額の元本から、不法行為のあった時点で填補されたものと法的に評価して、差し引かれる扱いが(最高判1993/3/24判タ853号63頁ほか)確立しています。
 損益相殺する理由として、障害補償給付・遺族補償給付と、加害者に請求できる逸失利益など消極損害の元本との間には、同質性・相互補完性があるからとものの本では説明されています。
 あと、差し引きできる扱いにすることで、まるで加害者側に、他人(国)の褌で相撲をとらせているように被害者には見えるのですが、実際には、国は被害者への給付額の限度で、被害者が加害者に対して持っている損害賠償請求権を代位取得するという規定があり、つまり、加害者は給付額をのちに国から求償され、給付額を国に支払わなければならないので、他人の褌で相撲をとれるわけではないのです。ちょうど、加害者の支払分を国が障害補償給付という形で被害者に先行支払しているという扱いになります。
 さらに、上記最高判1993/3/24は、この損益相殺できる時的範囲について、損益相殺的な調整が許されるのは【現実に給付が履行された場合、又は、これと同視できる程度にその存続及び履行が確実である場合に限られる】と説示しました。その結果、Qのケースだと、被害者が現実に受領した198万円にくわえ、将来支払われることが確実になった66万円もあわせて、相手損保の賠償額から控除されることはやむをえないという結論になります。
 なお自賠責保険金1051万円もその出所は加害者自らや相手損保ではないのですが、こちらも損益相殺の対象とされ加害者の支払分から差し引かれる扱いを受けることが確立しています(最高判1964/5/12判タ163号74頁)。
 自賠責保険金については、加害者側が自賠責保険料を国に支払っていることの対価として、もし他人にけがを負わせた際は、被害者の弁済に充てるために国から一定額を引き出せる権利を付与されたという考え方をとれば、加害者が自らの懐から一定の弁償金を出す代わりに予め自賠責保険料を支払っておくことで一定額の弁償金を国から支払ってもらえているとして、加害者が自ら弁償したのと同視できるという土壌があるので、そのような扱いになるものと理解できます。
菅藤法律事務所 菅藤 浩三

この記事の著者・運営者:菅藤法律事務所 菅藤 浩三

福岡を拠点に、交通事故被害者の問題解決をサポートする現役の弁護士。弁護士歴約25年、2000件以上の交通事故案件を解決してきた豊富な実績を持つ。東京大学卒業後、合格率2.69%の司法試験に合格。整理回収機構の顧問弁護士や、日本弁護士連合会・福岡県弁護士会の委員を歴任するなど、交通事故分野における高い専門性と信頼性が評価されている。

当サイトでは、長年の経験と実績を持つプロの弁護士だからこそ書ける、信頼性の高い一次情報などを発信しています。

弁護士歴(抜粋)

  • 1992年

    司法試験合格

  • 1995年

    福岡県弁護士会に弁護士登録

  • 2004年

    整理回収機構 九州地区顧問 就任

  • 2006年

    菅藤法律事務所を設立

公的役職歴(抜粋)

  • 2010年~

    日本弁護士連合会「市民のための法教育委員会」副委員長

  • 2010年~2013年

    福岡県弁護士会「法教育委員会」委員長

  • 2014年~

    福岡県弁護士会「ホームページ運営委員会」委員長

  • 2015年~

    福岡県弁護士会「交通事故委員会」委員

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