交通事故ADRの裁定(審査)を危うく無視されかけました

    弁護士として交通事故に携わってから20年近く経つのですが、そんな私でも初めての経験です。こんな経験は1度こっきりにしたいですが、だからこそ記録しておくべきと思い、いまキーボードに向かっています。

    私の取り扱った事案は、損害額の評価という争点のほか、被害者に過失ある案件、被害者に人身傷害保険金を先に支払った人身傷害保険会社が自賠責保険金を回収した場合にその回収分を過失相殺される請求不能部分に優先充当すべきか(被害者側の主張)、過失相殺後の請求可能部分に優先充当すべきか(加害者側の主張)という、未解決の論点を含んでいました。

    未解決の論点といっても、交通事故赤本平成23年下巻93頁に森健二裁判官の「人身傷害補償保険金と自賠責保険金の代位について」という講演論文が手掛かりとして存在するのですが、この講演論文で講師裁判官が主張するやり方が、未だ賠償現場に定着しているとまではいえません。

なお被害者側の主張と同じ結論を東京地裁2009/12/22交民集42巻6号1669頁、東京地裁2014/2/25交民集47巻1号276頁は言っていますし、それを支持する解説も交民集47巻索引解説号11頁に掲載されています。
 (※名古屋地裁2012/7/25交民集45巻4号902頁は少し違う立場に立っているようですが、あてはめの部分を読むかぎり、上記東京地裁と異なるスタンスに立つのかまではハッキリわかりません)。

   交通事故ADRに私は被害者の依頼で示談斡旋を申し立てたものの、充当方法に関する双方の主張が真っ向対立し、案の定、示談斡旋は不成立に終わり、裁定(審査)に移行しました。
    平成24年11月初めに出された裁定(審査)は被害者側に有利に充当する内容でした。私は、早期決着を希望する被害者の了解を得て、その裁定(審査)に同意するという返答を交通事故ADRに送りました。ところが、一向に和解書作成日の指定がなされません。

    私は不思議に思い相手にTELしたところ、予想外にも、相手は私に「裁定(審査)の内容が納得できないので、裁定(審査)には同意しないことを内部で取り決めた。よって、和解書も作成しない。」と言ってきたのです。

私は同意不同意を選択できる制度が用意されていない中、相手側が堂々と「同意しない」と言い放ったことにビックリしました。

     日弁連交通事故相談センターのウェブサイトには【審査結果について、被害者側が同意するかどうかは自由である一方、被害者側が審査結果に同意したときは、相手方の共済は審査(評決)を尊重することになっています。その場合はその審査意見に沿った示談成立書が作成されます。】と書かれています。

      また、交通事故紛争処理センターのウェブサイトには【申立人は裁定には拘束されませんが、申立人が裁定に同意した場合には、保険会社等は、審査会の裁定を尊重することになっていますので、和解が成立することになります。】と書かれています。

    この偏面的強制力こそが、交通事故ADRが日本に存在する数多のADRの中で圧倒的に成功し利用者の支持を受けている所以なのです。
私が上記ウェブサイトの運用がなされていることを指摘すると、相手もさるもの、「尊重すると書かれているが、従わなければならないとは書かれていない。だから、今回は尊重しない。」とTELで言ってきたのです。

    その後、お互いのやり取りが膠着する中、平成25年2月には相手に新たに就いた弁護士から「加害者側は裁定(審査)には同意しない。被害者は新たに訴訟を提起してほしい。」という文書まで届きました。

      交通事故ADRにおける偏面的強制力は、この制度が広く国民から利用者から支持される生命線です
この胆が詭弁を弄されて蔑ろにされるようでは、使い勝手の良い交通事故被害窓口が針の穴から瓦解してしまう危険が高いと私は思い、自分の思いつく、それこそ本なんかには載っていない、考えうる限りの働きかけを行いました。
今依頼を受けている被害者1人のためだけならば訴訟手続をした方がよほど早く解決するかもしれません。
しかし、ここで私が妥協してしまっては先人の築いた交通事故ADRの長所がなし崩しに瓦解してしまうそれでは数多の交通事故被害者の利便が甚だしく損なわれることになる、それを危惧したゆえ、相手の希望する訴訟手続を選択せず、徹底的に交通事故ADRの手続内で解決していくという行動を私は選択したのです。

     結果、裁定(審査)から5か月も経過した今日、ようやく相手が折れて、裁定(審査)とおりの示談書を交わすに至りました。交通事故ADRでこんなに時間を要したことも初めてならば、相手の今回の対応も初めてでした。
でも、諦めずに粘った甲斐はありました。こんな体験ができたのですから。