自賠法16条の3の支払基準は裁判所を拘束しない(その2)

前回ご紹介した(その1)より末尾の結論が枠づけた、ルールの難度は高いです。
結論はタイトルのとおりなんですが、利害状況を把握するためには最高裁2006/3/30判タ1207号70頁よりさらに深い、自賠法16条の3に関する正確な知識を必要とします。

    自賠法16条の3に基づいて国が決めた支払基準の中には、交通事故の被害者保護を強く打ち出した数値操作があります。

    具体的には、自賠責保険金を支払う際、被害者に7割を超える重大な過失があっても、直ちにその過失割合を適用せず、被害者に適用する数値を緩和して、保険金額を算出する制度にしているのです。

   例えば、交通事故の被害者が死亡したとき、被害者の過失が7割ならば2割の限度で減額して、8割ならば3割の限度で減額して、9割ならば5割の限度で減額して、自賠責保険金を支払うという制度になっているのです。
   被害者Aが交通事故で死亡した際、慰謝料や逸失利益など合算して、7500万円の損害が発生しました。この被害者Aは自賠責でも重大な過失アリと判断される態様で亡くなったのです。

  まずAの遺族は自賠責保険Z会社に被害者請求して、9割の重大な過失アリと認定されて50%カットの1500万円を受け取りました。

  次にAの遺族は受取額に不足があると加害者に訴訟を起こし、訴訟で被害者の過失は6割にとどまるという和解がまとまり、Aの遺族は7500万円×40%-被害者請求1500万円=1500万円を加害者の加入するY任意保険から受け取りました。

    和解で1500万円支払ったY任意保険はZ自賠責保険に「3000万円まで自賠責保険は枠があるのだから、被害者請求で支払済みの1500万円からの残り枠1500万円を加害者請求で渡してほしい」と請求しました。

    これに対しZ自賠責保険は「いやいや、本件事故の被害者Aの過失は9割だ、6割なんかじゃない。すると、Z自賠責保険は自賠法で支払を義務付けられている金額つまり3000万円×5割はもう支払済みなのだから、加害者請求に応じる枠はもうなくなっている」とY任意保険からの加害者請求を拒絶したのです。

  最高裁2012/10/11自保ジ1891号1頁は、加害者請求の場面であっても、前記最高裁2006/3/30判タ1207号70頁に書かれている《》に変わりなく、裁判所は自ら心証を抱いた損害額と過失割合に従って支払済みの自賠責保険金以外に、自賠責保険金から加害者に支払うべき分があるかどうかを算定しなければならないと説示したのです。

自賠法16条の3はあくまで自賠責保険会社が訴訟以外で自賠責保険金を支払う際には公平かつ迅速な保険金の支払確保という見地から、自賠責保険会社が国の定める支払基準に拘束されることを命じているにすぎない。 訴訟など異なる場面で自賠責保険会社以外の裁判所や被害者を拘束する意味合いまでは自賠法16条の3にはない。》

  で実際の最高裁判決では、「被害者Aの過失は60%でも90%でもなく80%と判断する。この場合、被害者Aが本来、加害者に請求できた一切の額は7500万円×20%=1500万円だった。つまり、被害者Aの遺族は被害者請求で受け取れる1500万円以外に本来受け取れなかったのだから、Y任意保険が和解して上積みで支払った1500万円は余計に支払ったものにほかならない。」とY任意保険のZ自賠責保険への加害者請求を棄却したのです。

 

    法律実務家にとってこの最高裁判決は2つの意味を持つことになります。
1つには、被害者の遺族の側に立つ弁護士は、たとえ自賠責で重大な過失あると認定されても、訴訟でも自賠責と同じ割合の過失に認定されるとは限らず、うまくいけば任意保険からさらなる回収ができることがあるので、たやすく諦めないことです(本件のAの遺族はまさにY任意保険との和解で成功したことになります)。

2つには、任意保険の側に立つ弁護士は、自賠責が認定した重大な過失の割合と異なる過失割合を被害者との訴訟や和解で認めて支払ってしまうと、後日、支払った分の自賠責からの回収に失敗するおそれがあるということです。

    特に2つめの教訓からは、任意保険が支払った後に自賠責からの回収を企図しているならば、自賠責から確実に回収できることを確認してからでない限り、簡単に和解してはならないという行動指針が導かれるのではないでしょうか。