自賠法16条の3の支払基準は裁判所を拘束しない(その1)

  自賠責保険は任意保険と異なり、被害者救済の理念から、自動車所有者に強制加入を義務付けつつ、支払限度額を死亡3000万円・傷害120万円・後遺障害は等級ごとに画しています。

この支払限度額や項目ごとの計算方法は、自賠法16条の3に基づいて国が定めた支払基準の中に明記されています。自賠責保険会社はその支払基準に則して被害者への支払を行います。

   ところで加害者Yが任意保険未加入、被害者Aは68歳女性一人暮らしで国民年金のみ、遺族は子供2人、過失0でAが死亡し、葬儀に60万円を要したケースを想定してください。

自賠責の支払基準を適用すると、Aの遺族が被害者請求で受け取れる額は
①葬儀費用60万円+②逸失利益※1659万5124円+③死亡慰謝料1000万円=2700万円余り<自賠責の支払限度額3000万円となります。

※逸失利益≒23万6600円(68歳平均月額賃金)×12か月×生活費控除率50%×11・69(68歳時平均余命18年に対する年5%ライプ、ただし本当は年金のみで生活する年齢以降は基礎年収を削る必要があるのですが、ここでは計算が複雑になりますので単純化しています)。

本件でAの遺族は「自賠責保険の枠がまだ300万円ほど残っているじゃないか。加害者Yの損害賠償債務額が3000万円を超えるのは明らかだから、自賠責保険会社は被害者に残り300万円の部分も支払うべき」と主張したのです。

これに対し、自賠責保険会社は国の意向を受けて、自賠責では自賠法16条の3の文言を素直に読む限り、そこで定めている支払基準つまり2700万円余りを超えて自賠責が被害者への支払を義務付けられるものではないと反論しました。

最高裁2006/3/30判タ1207号70頁は、Aの遺族の主張を認め、自賠責上限枠3000万円と支払基準との差額を自賠責保険会社は支払うよう命じましたその理由は《》のとおりです。

《自賠法16条の3はあくまで自賠責保険会社が訴訟以外で自賠責保険金を支払う際には公平かつ迅速な保険金の支払確保という見地から、自賠責保険会社が国の定める支払基準に拘束されることを命じているにすぎない
訴訟など異なる場面で自賠責保険会社以外の裁判所や被害者を拘束する意味合いまでは自賠法16条の3にはない。》

最高裁は、葬儀費用や慰謝料や逸失利益が支払基準よりも多く発生していると認定できるときには、国が定める支払基準に拠ることなく、独自の判断で裁判所が自賠責保険会社に支払基準を超えて支払うよう命じてよいと説示したのです。


法律実務家にとってこの最高裁判決は「加害者が任意保険未加入で、被害者も無保険車傷害保険や人身傷害保険が利用できない場面は自賠責保険がもっとも確実な支払原資になる。
そのときは、自賠責の定める支払基準に拘束されることなく、自賠責支払上限額目いっぱいを自賠責保険会社に請求できるよう、訴訟での立証を試みよ」と、武器を与えてくれた意味を持っているといえるでしょう。